安里屋ユンタ(あさとやゆんた)

歌詞

[一]
サー 君は野中の茨の花か
サーユイユイ
暮れて帰れば ヤレホンニ 引き止める
マタハーリヌ チンダラ カヌシャマヨ

[二]
サー 嬉し恥ずかし 浮名を立てて
サーユイユイ
主(ぬし)は白百合(しらゆり) ヤレホンニ ままならぬ
マタハーリヌ チンダラ カヌシャマヨ

[三]
サー 田草(たぐさ)取るなら 十六夜月夜(いざよいつきよ)
サーユイユイ
二人で気兼ねも ヤレホンニ 水入(ミズイ)らず
マタハーリヌ チンダラ カヌシャマヨ

[四]
サー 染めてあげましょ 紺地(こんじ゙)の小袖(こそで゙)
サーユイユイ
掛けておくれよ 情(なさけ)の襷(たすき)
マタハーリヌ チンダラ カヌシャマヨ

安里屋ユンタ(あさとやゆんた)について

琉球王国時代の竹富島に実在した絶世の美女・安里屋クヤマと、王府より八重山に派遣されクヤマに一目惚れした目差主(みざししゅ。下級役人)のやり取りを面白おかしく描いている。
18世紀の八重山では庶民に苛酷な人頭税の取り立てが課せられており、庶民が役人に逆らうことは普通では考えられなかった。そんな中で目差主の求婚を撥ね付けるクヤマの気丈さは八重山の庶民の間で反骨精神の象徴として語り継がれ、結の田植歌と結び付いて19世紀初頭までに安里屋ユンタとなったと考えられている。歌詞は23番まで続き、4番以降ではクヤマに振られた目差主が「ならばお前より美しい娘を見つけて嫁にする」と言ってクヤマと別れ、イスケマという娘を娶って郷里に連れて帰る過程を描いているが、一般に歌われるのは6番までのことが多い。
なお、安里屋ユンタの本家である竹富島では、安里屋ユンタは(あさとやユンタ)と云い、濁音は付けない。これは、クヤマの生家である安里家の屋号はアサッティヤと呼ばれているためである。【wikipediaより