吉永安正の島唄・三線は、聴く人をそんな久米島の風景へと誘う。


  沖縄・久米島の旧家、吉永一族は芸事に精通していた。夜毎、父や兄たちの奏でる唄・三線に耳を傾けながら幼少時代を過ごした。
 1969年、万国博覧会開催に沸く大阪へ移る。島を離れた者にとって、唄・三線は"故郷のぬくもり"そのもの。おのずと唄・三線の世界へとつき動かされていく。1975年、周囲からの勧めもあり「吉永安正琉球音楽研究所」を設立。
 古典音楽をはじめ沖縄民謡、舞踊の地謡など、吉永の得意とするジャンルは幅広い。また、戦争の実体験を語る数少ない伝承人として、平和の尊さをステージから訴える。
 2013年現在、高槻市、東大阪市、茨木市、長岡天神で教室を開催。全国の自治体、民間団体、教育機関等の要請にこたえ、幅広い公演活動を精力的にこなしてきた。主な公演内容は、沖縄民謡、古典音楽、琉球舞踊、エイサーなど。要望に応じて、沖縄の気候風土や文化、沖縄の置かれている状況、平和の祈りを三線に込めての弾き語り(沖縄戦)のほか、民謡の解説も行う。
 現在、野村流古典音楽協会師範・琉球民謡協会最高師範と沖縄芸能歌舞団の会主を務める。
 2010年、第3回吉永安正琉球音楽研究所発表会を茨木市民会館(入場者1,100人)にて開催、好評を得る。
第3回吉永安正琉球音楽研究所発表会
↑第3回吉永安正琉球音楽研究所発表会

 

琉球民謡協会 新人賞課題曲 「安波節」

琉球民謡協会とは

琉球民謡協会は1957年に琉球民謡界の中心人物とされた前川朝昭氏を代表に、琉球民謡の師範の方々によって創立されました。2012年に創立55年を迎えた琉球民謡協会では、「琉球民謡の研鑽、普及発展、保存継承、会員相互の親睦交流、組織強化拡大」をめざし、100支部・約2,000名の会員の方々が日々、精力的な活動を行っています。
琉球民謡協会では琉球民謡の普及発展の為、年間行事として「民謡コンクール」「民謡芸術祭」「教師師範免許試験」「定期総会」などを開催し、各支部では、地域社会の文化行事や町興しイベント、地元の活性化活動や施設訪問活動、会員独自のコンサート公演やライブなどを行っています。

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